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アクロティリおよびデケリアと

アクロティリ イギリス主権基地領域アクロティリおよびデケリア(イギリスしゅけんきちりょういきアクロティリおよびデケリア、英:The Sovereign Base Areas of Akrotiri and Dhekelia)は、イギリスの海外領土を構成し、イギリスの統治権が及ぶキプロス島にある地域。キプロスの地位がイギリス帝国の植民地からイギリス連邦内の独立した共和政国家に移行したさい、基地については引き続きイギリスが保持することとされた。これはキプロスが地中海において戦略上の拠点に位置しているためである。 基地は2つの地域に分かれており、一方はアクロティリで、エピスコピ駐屯地とともに西部主権基地領域 (WSBA) とされており、もう一方はデケリアで、アイオス・ニコラオスとともに東部主権基地領域 (ESBA) とされている。
SBA主権基地領域 (SBA) は1960年にチューリッヒ・ロンドン協定によって、当時イギリス帝国内の植民地だったキプロスが独立したさいに創設された。イギリスは空軍のアクロティリ基地や、陸軍駐屯地などのキプロス島内の軍事拠点を確保するために、アクロティリやデケリアに主権の及ぶ地域を残したいと考えていたのである。イギリスにとってこの地域の基地の重要性として、キプロスという地中海の東の端にあり、スエズ運河や中東に近いという戦略的な位置にあることや、軍用機が使える飛行場としての空軍基地が使えること、総合的な訓練を目的に使えることが挙げられる。 1974年、トルコがキプロス島北部に侵攻し、国際的には認証されていない北キプロス・トルコ共和国を樹立させた。ところがこの事件ではイギリス軍基地の地位に影響がなく、イギリスは戦闘に関与しなかった。トルコの侵攻から逃れたキプロスのギリシャ系住民にはデケリア基地の通過が認められ、また人道支援が行われた。その後トルコ軍は基地領域のそばまで侵攻したものの、イギリスとの戦争を避けるために進軍を停止した。 ファマグスタ州南部はリゾートであるアヤ・ナパで有名であるが、ギリシャ系住民の領域として守られた。ファマグスタ市はトルコに占領されたものの、州南部のアヤ・ナパ、パラリムニや1974年まで小さな村だった地域はリゾートとして観光業が目覚ましく発展した。
キプロスキプロスは民間の発展のために使われるはずの多くの領土を基地が占有しているとして、アクロティリとデケリアの返還を幾度か求めている。1960年のキプロス独立から4年間、イギリス政府はキプロスを財政的に支援していた。ところが1963年から1964年の民族間紛争後、援助金から発生する利益をギリシャ系、トルコ系がともに平等に受けられる保証がないとしてこれらの支援は停止されたものの、キプロス政府は1964年以降現在に至るまで負担金を要求している。ただしこの要求の有効性に対して国際法上の検証はこれまでなされていない。なお要求されている負担金を債務として概算すると、その額は数十万から10億ユーロと幅は大きい。 2001年7月、世界規模でのイギリス軍の通信網の強化の一環として実施される基地内でのラジオ塔建設計画に地元住民が反発し、基地での暴力を伴う抗議活動が行われた。住民側はラジオ塔により地域の生活が脅かされ、自然環境への悪影響や住民の癌発生をひき起こすと主張したが、イギリス政府は住民側の要求を拒否した。 キプロス紛争解決のための国際連合のアナン・プランでは117平方キロメートルの農地を引き渡すこととされていたが、イギリスは基地撤収の意思をこれまで示したことはない。現在ではイギリス軍キプロス駐留部隊およそ3000人がアクロティリとデケリアに滞在している。またESBAのアイオス・ニコラオスには通信傍受ネットワークであるエシュロンが存在しているといわれている。 (引用:Wikipedia)
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