
キプロスは民間の発展のために使われるはずの多くの領土を基地が占有しているとして、アクロティリとデケリアの返還を幾度か求めている。1960年のキプロス独立から4年間、イギリス政府はキプロスを財政的に支援していた。ところが1963年から1964年の民族間紛争後、援助金から発生する利益をギリシャ系、トルコ系がともに平等に受けられる保証がないとしてこれらの支援は停止されたものの、キプロス政府は1964年以降現在に至るまで負担金を要求している。ただしこの要求の有効性に対して国際法上の検証はこれまでなされていない。なお要求されている負担金を債務として概算すると、その額は数十万から10億ユーロと幅は大きい。 2001年7月、世界規模でのイギリス軍の通信網の強化の一環として実施される基地内でのラジオ塔建設計画に地元住民が反発し、基地での暴力を伴う抗議活動が行われた。住民側はラジオ塔により地域の生活が脅かされ、自然環境への悪影響や住民の癌発生をひき起こすと主張したが、イギリス政府は住民側の要求を拒否した。 キプロス紛争解決のための国際連合のアナン・プランでは117平方キロメートルの農地を引き渡すこととされていたが、イギリスは基地撤収の意思をこれまで示したことはない。現在ではイギリス軍キプロス駐留部隊およそ3000人がアクロティリとデケリアに滞在している。またESBAのアイオス・ニコラオスには通信傍受ネットワークであるエシュロンが存在しているといわれている。 (引用:Wikipedia)